第6話 うさぎが生息する 大久野島の自然

大久野島 (うさぎの島)


瀬戸内海国立公園にある大久野島 (うさぎ島)へは、竹原の忠海港からフェリーで渡ります。約15分の時間です。
面積:0.7平方km、海岸線長:4.3kmの小さな島です。

この島は、野生のうさぎと太平洋戦争中の毒ガス製造の施設跡を見ることができます。

野生のうさぎに直接、触れたり、エサを与えたりできる人気の観光スポットです。島のいたるところにうさぎが生息しています。800匹ほどと言われています。

忠海港にあるうさぎの島案内の看板

太平洋戦争の毒ガス製造の廃墟が残っています。この大久野島は戦争中は地図から島が抹消され、戦争末期まで兵器の毒ガスを製造と貯蔵していました。毒ガス島と呼ばれ、島の全体にそれらの施設の跡が残っています。


毒ガス貯蔵タンクと部品

動物パークと戦争遺物の組み合わせがユニークで、なぜ、この毒ガス島にうさぎが生息しているかは、分かりませんが?

毒ガスの試験にうさぎが使われていたことは確かですが、終戦でそれらのうさぎはすべて処分されたとのことです。今いるうさぎをどこから連れて来たかについては、いろいろな説があるようです。


大久野島地図

ヨーロッパからの観光客がフェリーに乗船していました。近頃、広島市内に欧米からの観光客をよく見かけます、平和公園が目的でしょうか。大久野島にも平和の勉強に来られたのでしょうか。


大久野島 プレート


波穏やかな瀬戸の海の島々

野生のウサギ

大久野島地図で、大久野島第一桟橋に到着後、上陸し、島を時計回りに徒歩で回りました。
フェリーが島に到着すると、広場にまず、数匹のうさぎが目に入ります。


幹部防空壕跡近くにまだ小さな子ウサギ

この子ウサギは、まだ、小さく柔らかそうできれいな毛並みをしていました。

うさぎのエサはフェリー到着場の売店で購入できます。ドライフードや野菜があります。
人慣れしています。エサを求めて、走って飛び跳ねてやってくるうさぎ、これは、とてもかわいい。猫や犬と違うかわいらしさがあります。


休暇村の近くにいました。伸びして日向ぼっこのうさぎ


北部砲台跡の近くでみつけました 3匹のかわいいうさぎ

観光客からたくさんのエサを貰っているのでしょう、マイペースで食べます。 エサが十分足りていることから、繁殖が旺盛となりうさぎが増えたともいわれています。

道路の脇に置いてある水受けの水を飲むうさぎ

 通路 (道路)のいたるところに、水を入れた受け皿が置いてあります。 これだけの水の受け皿に水を常に入れておくのは大変でしょう。


桟橋近くの野菜を食べるうさぎ

ドライフードと野菜のどちらを好むかと言うと、野菜よりドライフードのような感じを受けました。

休暇村

フェリー発着場から歩いて島の中ほどあたりに、国民宿舎があります。ここで、一息。昼食をとりました。
瀬戸内の島々が一応に見渡せる良いローケーションにありました。
休暇村 大久野島

戦争の傷跡


 幹部用防空壕跡、陶磁器製毒ガス製造分部品器具、三軒家毒ガス貯蔵庫跡、長浦毒ガス貯蔵庫跡、北部砲台跡、発電所跡をまわりました。


毒ガス貯蔵庫跡


毒ガス貯蔵庫跡

毒ガス貯蔵庫跡の説明プレート



発電場跡


北部砲台跡


まとめ

野生のうさぎ

 うさぎの生息管理が十分にされていないことが気になりました。島のいたるところにうさぎが生息し、山肌や道路わきにうさぎの掘った小さな穴が多く点在している。必要以上のうさぎが食べもしないエサが道沿いに放置されている。毛並みがぼそぼそで決してきれいではないうさぎも多く、衛生面が少し心配なことを思いました。


サザンカでしょうか?道のそばに咲いていました

道の横に小さなうさぎの穴が点在しています


 本来がうさぎの自然の生息地でなく、人工的な生息地のため、行き届いた管理が難しいのではないかという印象でした。

毒ガス製造施設跡

 環境省の管理となっています。化学兵器を旧日本軍が使用した跡を残すものですが、毒ガスという非人道的な兵器を使用したと言うことに重苦しさを感じるとともに、当時従事した人たちが毒ガスの後遺症に苦しんだことも聞きました。

自然をゆっくりと楽しむ

ここは、休暇村があるように、瀬戸内海国立公園の一角で、瀬戸内海の自然をゆったりと味わう目的をもって行くと良いところだと思いました。一度、瀬戸内の島々の夜景も見てみたいものです。
瀬戸内の自然を堪能できることに加えて野生のうさぎに触れる楽しい経験をもつことが出来ました。






第5話 薬師如来さま ひろしまの文化財 古保利薬師像  (北広島町)

古保利薬師堂

福光寺 (現在は廃寺) の境内にある古保利薬師堂に、国宝に指定された古保利薬師像が安置されています。
ここは北広島町にある、紅葉の美しい景観も持つ、意外と知られていないスポットです。
中国自動車道の千代田インターから自動車で約5分の距離にあります。

入口は少々分かりにくいのですが、「古保利薬師堂」の石の道標のある場所から約100mの参道があります。この参道を歩き、石段を上ると到着、まず山門が目に入ります。


福光寺山門

福光寺跡

9世紀初めに弘法大師により建立されたこの真言宗古保利薬師福光寺は、戦国大名の吉川氏の菩提寺として栄えましたが、吉川氏がこの地を去った後は、衰退し廃寺となっています。

福光寺の紅葉

お寺の境内の紅葉は、緑色〜黄色〜赤〜真っ赤のグラデーションが見事です。美しく広がる色の世界に思わず目を奪われます。
ちょうど、紅葉の見頃に訪れることができました。古びた寺の境内の環境が紅葉を引き立てます

自然は様々な色彩のグラデーションの世界を展開してくれます。例えば、虹が見せる赤〜青のグラデーション。それぞれの色が繋がりと調和を見せます。紅葉の緑〜赤のグラデーションは、移りゆく四季に浸る心の安堵感を与えてくれるものです。

よく写真などで美しい紅葉を目にしますが、綺麗だな…と頭の中で納得します。しかし、実際の紅葉を目にすると、心と身体が反応します。ここは、まさにそれを感じさせる場所です。


神仏習合の名残

お寺の左右に小さなお社 (神社) が祀られています。
日本に特有の神仏習合の名残です。

6世紀半ばに大陸 (中国、朝鮮を経由) から仏教が日本に入ってきました。その優れた思想体系、仏教美術、科学技術、医療知識をもつ仏教は、日本土着の神祇信仰である神道と融合しひとつの信仰体系として再構築されました。

神道は、多神教であり敵対するよりは仏教の神も仲間入りさせるという柔軟さとおおらかさを持つ日本の神々とその神社思想です。日本の信仰のルーツはここにあるように思います。

仏教は、8世紀には厩戸皇子 (聖徳太子) の認知を得て国家宗教の道を開いていきます。こうして、江戸時代に至る千年の時を経て日本に根付いて行きました。

明治元年、明治政府は神道の国教化政策を行うため、神道と仏教をはっきり区別すべく、神仏分離令を出しました。仏教の排斥ではなく、神道は神社、仏教はお寺と役割が明確に分かれました。

数年後にはほとんどの神社から仏教的な色彩は消えていきました。しかし、今でも、その習合の跡が各地に残っています。


お社からお寺の境内を見る
お社の鳥居の上から、なんとも言えないお寺の境内が目に入ります。私には、お寺と神社が同居している環境は、不思議でもあり、独特の雰囲気があるように感じました。



古保利薬師像

山門の奥にある古保利薬師収蔵庫には、平安時代初期の弘仁・貞観時代に作成された本尊の薬師如来座像が保管されています。国宝に指定されています。


古堀薬師座像

 薬師如来とは

病気を治して衣食住を満たすという「十二の大願を立て、生きている間に願いを叶えてくれます。阿弥陀如来のように死んだ後に安らぎを与えるのではなく、現世に安らぎを与えてくれるのが特徴です。
薬師如来の像容は、薬壺を左手に右手の薬指の前に出しています。
薬師如来は日光菩薩と月光菩薩を脇待として三尊として並ぶことが多いということです。

この薬師如来像に加えて、重要文化財指定された11体の日光菩薩立像、月光菩薩立像、千手観音立像、吉祥天立像、十一面観音立像 3体、四天王立像 4体 の仏像が保管されています。いずれも木像で多くは千年の年月が経過しています。

仏教について知識がなく、この機会に、それぞれの菩薩・観音さまの役割を少し調べてみました。

左から四天王2体、吉祥天、千手観音、月光菩薩

左から日光菩薩、十一面観音3体、四天王2体

 日光菩薩とは

日光遍照菩薩とも呼ばれ、太陽の如く光を照らして苦しみの闇を消すと言われています

 月光菩薩とは

月光遍照菩薩とも呼ばれ、月の光のような優しい、慈しみの心で煩悩を消すと言われています。

 吉祥天とは

もとはインド神話の女神で、美と豊穣と幸運をつかさどるラクシュミー (ヒンズー教の女神の名前) です。密教では美女の代名詞と言われて信仰されていました。

 千手観音とは

正しくは千手千眼観自在菩薩で、千本の手がありその手の掌には目が付いています。手は多くの人々に救済の手を差し伸べ、目は人々を教え導く知をあらわすとされています。災難、延命、病気治癒などあらゆる現世ご利益があるとされています。

 十一面観音とは

苦しむ人をすぐに見つけるために、頭の上に11の顔があり、全方向を見守っています。現世利益、死後成仏という様々なご利益があるとされています。

 四天王とは

帝釈天に仕え、仏教世界の南北東西を守る守護神で、東方を護る持国天、南方を護る増長天、西方を護る広目天、北方を護る多聞天からなります。戦勝祈願、国家鎮護のご利益があります。

ちなみに、古保利薬師保存館の入館料は、大人300円、写真撮影は追加500円でした。


まとめ

秋の紅葉の美しさは心に強く残ります。秋から冬、冬から春、夏へと移りゆく日本の四季、止まることのない自然の営みの中に生きていることを感じました。

神に手を合わせ仕合せを願う、仏像に手を合わせ仕合せを願う、思い通りにならない人生を神仏に託し、仕合せを願うことは、いつの時代も同じで変わっていないことを思いました

もうひとつ、今まで仏教について誤った捉え方をしていたことに気付きました。仏教とのかかわりと言えば、お葬式。死んで極楽浄土の世界に救い取ってもらう、死後の世界、来世の話しが強く印象にあります。日常生活とは離れた存在感がありました。

信仰対象の仏像を調べているうちに、現世の仕合せを叶える多くの仏像があることを知りました。仏教も人として生きるあり方を教えていることを再認識しました。


*追記

道の駅 舞ロード 千代田 IC

「レストラン響き」があります。バイキング形式のレストランです。地産地消の野菜、穀物など、新鮮な食べ物を提供してくれます。
「玉子かけご飯が美味しい」と知人に聞いて、訪ねてみました。
地産地消のお米を使って窯で炊いたご飯と取れたての玉子を使った玉子かけご飯の美味しかった事。調味料も何も使わない、醤油のみの味付けに、改めてその食材の持つ美味しさに感動しました。子供のころに食べた味そのものでした。
地産地消の卵かけご飯